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【旬の研究シリーズ】
変形菌と病原体の関係

はじめまして。東京農工大学共同獣医学科5年生の和地です。
みなさん、粘菌・変形菌をご存知ですか?
南方熊楠が研究したことでも知られる、不思議な生き物です。
「風の谷のナウシカ」で、国を飲み込み滅ぼした、生物兵器として記憶している方もいるかもしれません。そんなに恐ろしいものではありませんよ!
餌を探して移動するのに、胞子を飛ばして繁殖する、動物でも植物でもあるような特殊な生活が特徴です。
今回は感染症未来疫学研究センターで飼育している変形菌について紹介します。

・変形菌の飼育は不思議でいっぱい。簡単なようで難しい!
・自然界の変形菌は病原体の運び屋かもしれない
・変形菌の中でウイルスを増殖させる実験

謎多き生き物、変形菌。皆さんは見たことがありますか?
雨の日の翌日、倒木や落ち葉の上にいるそうです。私も見たことはありませんが…

そんな変形菌ですが、実は屋内でも飼育が可能です。
寒天の上に乗せてあげ、こまめな掃除をし、餌をあげ、湿らせてあげる。
これだけです。感染症未来疫学センターでは現在、イタモジホコリを飼育しています。

こちらは以前、水谷教授と共同で変形菌の研究をしていた、現在慶應義塾大学2年生の増井真那さん(https://mana.masui.jp)からお譲りいただきました。
これは変形体と呼ばれる形態であり、脚を枝のように伸ばして餌を探します。じっとしているようで、1時間に1cmも移動します!
塊のようなものは餌のオートミールで、黄色くなっているものは変形菌がお食事中です。
オートミール以外にも、米麹を食べたり、実は培地上のバクテリアも食べていたり、なんでも食べるのが変形菌のすごい所です。

変形菌は温度の変化に弱く、寒くても暑くても死んでしまいます。
そう言うわけで、センターではインキュベーター…ではなく、市販のワインクーラーで飼育しています。

お世話自体は単純なようですが、意外と難しく、ある日突然死んでしまったり、なんだか動きが悪いと思ったら翌日大移動していたり…不思議でいっぱいです。
最近は安定してきたので、餌をあげる頻度を変えてみたり、飼育環境を変えてみたりして、どんな変化があるのかを観察しています。毎日形が変わって、可愛らしいものです。

皆さんも変形菌を飼ってみたくなりましたか?そんな方に、家庭でも簡単に飼育できる方法があります。
実は、変形菌の培地は寒天ではなく、キッチンペーパーでも代用可能なのです。

キッチンペーパーでのお世話は掃除がしやすく、培地の交換も簡単なのでおすすめです。

さて、そんな可愛らしい変形菌ですが、意外にも自然界では「病原体の運び屋」ではないかという説も上がっています。
Debraら(Front Cell Infect Microbal, Nov 2018)の研究によると、変形菌の一種であるキイロタマホコリ(D.discoideum)の一部は、体内にバクテリアを保持していることがわかっています。
変形菌とタマホコリカビはアメーバ状で動き回るという点で共通しています。これらの「アメーバ」はバクテリアの捕食者であり、以前はすべてのライフステージにおいてバクテリアは存在しないと考えられていました。しかし、一部の D. discoideum が多種多様なバクテリアをその生活史を通して運ぶことができることを実証され、実験室のレベルではバクテリアの多くが貪食を回避し、複数回のサイクルを乗り越え持続することがわかっています。即ち、バクテリアが変形菌の中でも維持され、変形菌の移動に伴って拡散している可能性もあるということです。
以前より、「アメーバ」は多くのバクテリアやウイルスを運搬するポテンシャルがあるとされています。

アメーバ、という言葉は曖昧な定義ですが、動き回り捕食をする変形菌もアメーバの一種とみなされます。
他にはない不思議な生態の変形菌ですが、意外にもバクテリアたちの移動に一役買っているのかもしれません。

現在、センターではこの変形菌にウイルスを感染させてみよう、という実験計画を立てています。変形菌は集合体ではなく、1つの大きな単細胞生物であり、その細胞質には億単位もの核が存在しています。ほとんどのウイルスは、その複製に核を利用します。では、その核が大量に存在する変形菌でウイルスが増殖できれば…?もし急速に沢山複製が行われるのなら、ウイルスの効率的な増幅方法としての確立も見込まれます。
もちろん、細い変形菌にどうやってウイルスを打ち込むのか、中に存在するバクテリアと干渉しないのか、課題は残されています。
ですが、変形菌とウイルス、今までになかった組み合わせの実験が面白い結果を生み出してくれるのではないかと期待しています。

記事:東京農工大学 和地未来
協力:慶応義塾大学 増井真那